今日はちょっと長くなります  オルコット、ヘッセは私の教科書

 山本有三  

 学生の頃に大好きな作家の一人で、「路傍の石」「真実一路」「女の一生」「生きとし生ける者」「風」「波」を、むさぼるように読みました。今となってはストーリーは覚えていませんが、山本有三が描く、真実を求めてたくましく生きる人々に強く惹かれた感動だけははっきりと覚えています。

 山本有三の人と柄について知ることもないまま私の中で美化され、作者も物語に出てくるような人に違いないと思っていました。

 ところが先日、山本有三が新聞にとりあげられていて、それによると、彼の小説は先生が子供たちに教訓を垂れるような、説教くささがある言われることがよくあったとありました。調べたところ、山本有三は政治にも通じていて、何か運動を起こすとなかなか情熱的に活躍していたようです。漱石の門下生の久米正雄という人と仲が悪く、久米が漱石の娘をもう一人の門下生と取り合った時は、久米を中傷する怪文書を漱石に送りつけたりしたそうで、えっ~!ですね。

 私が想像していたような、ピュアで悲しくて、静かででも強い心を持って人生を見つめていた人とはちょっと違ったみたいです。それが、人間の面白いところです。現実の生と、小説に描いた生、どちらもその人には違いありません。山本有三の作品、今読んだら説教くさいと感じるかちょっぴり興味があります。


 同じ時期に、私が人生の教科書のように大切にしていた本があります。
 オルコットとヘルマン・ヘッセです。

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 オルコット
「昔気質の一少女」「八人のいとこ」「花物語」「花ざかりのローズ」 

 タイトルだけ見ると何と少女趣味な!と思われるかもしれませんね。女性がまだコルセットを巻いて、スカートの下にはパニアを履いていた時代、1850年前後に書かれた小説です。

 その時代においてオルコットは、少女の心身の健全さと、良心を小説の中で説いていました。コルセットで腰を縛り、着ている物で評価されたいと思うことの不健全さや、並んだ虫ピンのように少女たちが流行におぼれることの愚かさとか、また健康的な本を読むこと、気品ある態度によってこそ人に感銘をあたえられるのだとか、が書かれているのです。

 それは「赤毛のアン」より私をとりこにしました。

 今でもよく思い出すのは
「『八人のいとこ』の主人公ローズが、医者である叔父に犠牲について熱心に尋ねるところです。
『犠牲的行為をした人たちはとっても愛されて、尊敬されるのね?そうでしょう?』
『もしその犠牲的行為がほんとうのものならね。だが、一番勇敢な犠牲的行為の大部分は、人に知られずもせず、ほめられもしないものだよ。それだからと言って、その行為の美しさを損ねはしないのだ。もっとも、その人たちにとってはおそらくずっと辛いだろうがね。 何故かというと、私たちはみんな同情して貰いたいものだからね』」

というところです。
そんな本当の犠牲的行為ができるような人になりたいとその時切に願い、大人になって少しは色々な経験をするにつけ、このことの難しさ、深さを思い知らされているのです。それで、今でもいつもいつも思い出すのです。

茶色くなった本をめくっていくと、ところどこにアンダーラインが引いてあります。

  ローズのいとこの少年が親との関係が良くないことについてのくだりで、
「父親たちや、母親たちは事業や家政にあまりにも関心を奪われていて、自分の子供たちを観察せず、子供たちにとって一番の守護となり、一番鋭い力となる美しい自然の信頼を育もうとしない。そのために若い心には悩みや誘惑が潜むようになる。 ―略― 同情、助け、赦しを得られる、すべての事を父なり母なりに自由に話せる少年少女たちは何と幸福なことか。又、自分自身の経験から、子供たちの責任ある魂を教え、高めることのできる両親たちはその倍も幸福である」
というところにアンダーラインが引いてありました。

 この頃から、子供の教育に関心があったんだなぁと、過去の幼い自分に微笑んでしまいました。私は今、その幸せな親になっていますよ、と。

 オルコットは少女時代の私の教科書。少女たちの時代と流行のはざまで苦しくなる時、いつも自分らしくありなさいと勇気づけてくれる本でした。



 その後、私に大きなショックを与えたのがヘッセの「知と愛」です。


 ヘッセの「車輪の下」「春の嵐」「デミアン」「幸福論」、それから特に「シッタールダ」は何度も読みましたが、やはり何と言っても「知と愛」です。

 「修道院で暮らす、純粋でどこまでも良心に沿って苦しみながらも自らを律して生きる優等生のナルチスと修道院を脱走して、強盗、強姦、にまで手を染めながらもどこまでも生の人間として生き、修道院に戻ってくるゴルトムント。精神を選んだナルチス、知を断念して愛をえらんだゴルトムント。修道院に戻ってきたゴルトムントは臨終の際に人間愛を知っていた。ナルチスは誰にでも公正ではあったけれどついぞ人を愛したことがなかった。ゴルトムントはナルチスより神に近いところにいた。」 

 清く正しくありたい少女は、観念だけではだめなんだ。社会でいろんなことを経験し、傷つくことも恐れず、汚れることさえ物ともしない人こそ、本当の愛や、悲しみや、慈しみを知ることができるんだと感じ、自分はナルチスで、ゴルトムントからはほど遠いところにいると大きなショックを受けたことを覚えています。

 考えてみると私は、男性は観念で生きる繊細過ぎる人より、転んでも立ち上がり、恐れずチャレンジする人間味あふれるたくましい人が好きです。
 
 今は、ゴルトムントの良さもナルチスの良さも理解して生きたいと思います。私はどっぷりゴルトムントにはなれないけれど、ナルチスにしかない良さも生かすことができる。そう思って。

 
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そして「少女パレアナ」エレナ・ポーター著

 これは数年前に新しく買った文庫ですが、私はたしか「ポリアンナ」というタイトルで読んだ記憶があります。

 「パレアナは孤児であるにもかかわらず、「何でも喜ぶ」ゲームで頑なな人の心を溶かし、それがやがて町全体に広がっていくという1900年初め頃に書かれたお話です」

 どれも少女時代に読んだ本なのに、今も私の基盤になっているように思う、まさに私の教科書のような本たち。これらの本が私に選ばれたところに、私のライフスタイルが見えて面白いです。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!最後にクリックしてもらえると嬉しいな
 
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by housewife_life | 2009-10-30 15:02 | | Comments(2)

Commented by みるる at 2009-10-30 16:17 x
わぁ~~~! 
読んでいるうちに、何だか子供時代に戻っちゃった不思議な気分(’~’)
私が大好きだったのは、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」や
A・デュマの「岩窟王」、昔話の「竜の子太郎」。  
共通するのは、これでもか・・・!と言うほど試練の連続で、最後には報われる。もしかして、試練好き?(笑)
そういえば、今日の朝日新聞の一面に『光源氏に別の顔』と言う見出しで
面白い記事がありました。
 朧月夜に恋をした源氏が歌を詠み、朧月夜が歌を返すシーンの「花の宴巻」・・・。  直接、返事をするのは女性としての品格にかけると、源氏が幻滅した・・。とある。    なんですと~~!源氏。あなたに言われたくない!って感じ。(笑) つくづく、女性が自分の意見をはっきり言えるこの時代に生まれて幸せ・・と思います。
 今日も楽しかった~。ことりさん、ありがとう。

Commented by ことり at 2009-11-01 18:06 x
>>みるる様
試練に立ち向かうみるる様、わかるような気がします!笑
子供の頃好きだった本は、その人ライフスタイルを反映しているような気がします。

光源氏、ほんとですねぇ。あなたに言われたくない!ですよね。
晩年の君の情けなさはどうなのよ!って話ですよね。
男性としての男らしさの品格はぁ~?
その頃の男って、とっても女々しかったのかもしれませんね。
いえ、情緒豊かだった?
すぐ袖を濡らすし...笑